天育実験工房★幻想公開講座「超簡単にできる天才的超細密絵画」
● 確実に「天才」を売り出す天育実験工房〜「天才の正体」暴きまっす!
天才ってどんな人でしょうか?私は伝記やテレビの偉人伝にあるような人に会ったことはありません。 私の知っている天才はみんな死んでいて戦国武将なんかは1人で何千人の兵と刀1本で戦っても刃こぼれ一つせずに楽勝で勝てる人です。 後は、ピカソはピャピャピャピャピャーとどんなにリアルな写実的な油絵でも一瞬で仕上げたそうです。 ピャが5つなので五手でどんな絵も仕上げてしまうのですから真の天才ですね!!後はテレビでみる天才はみんなイケメンか美少女です。 でもなぜか私の前に現れるテレビで天才的だと言われている美術とデザインの世界の生きている人は大学で何人か会ったことありますが、ただのおっさんとおばさんです。 能力的にも刀1本で何千人相手にして勝てるような人ではなく1対1で戦っても勝てるかどうか?微妙な感じです。 絵もテレビで大絶賛されたり、神妙な面持ちで「え〜すごい」とか「素晴らしい・・・」とか感嘆の声をあげられるほど特別上手いわけではありません。 大学内で感嘆の声を聞くようなことはなかったかな・・。なんなら美術館や画廊でもないですよね?ただ値段だけは立派でしたね・・。 数百万の値段がついてちゃんと売れています。 私の勝手な想像ですけど戦国武将は本が売れるように話をオーバーに誇張しながら色んな伝説がついてきたんだと思います。 ピカソもそう思います。私が学生の時に関わっていた画廊に紹介されたすごいコレクターがピャピャピャだったので当時とても困りました。 本気でそんな話を信じている大人がいる・・・。で、その人に作品を買ってもらわなければならない・・。その日私は自分を捨ててピャピャピャになりました。 それで作品は目が覚めるまでぐちゃぐちゃ・・。 事故ですね。
美術とデザインの世界の天才は殆どの場合売り込み方によって天才に仕立て上げられた普通の人です。 普通のなんでもない問題だらけの学生がある日突然天才扱いされ始めるのだから不思議なものです。 世間で語られる姿と実際の姿が違いすぎて気味が悪いですし正直気持ち悪いです。 周りが好き勝手なこと言って当の本人は困惑した顔で呆然と立ち尽くしているのですから、私から見れば闇以外の何物でもありません。 あなたから見ればどうですか? (ただそのままなりきってしまう奴はいます。やれやれです・・・。)
ただ、踊る阿呆に見る阿呆という中身のないお祭り騒ぎ現象が美術とデザインの世界では起きていると私は思っています。 つまり、誰も踊れないのでこのままでは不味い。 それで仕方なく祭りを企画してじっとしているよりとにかく踊ろうというものです。 これも一概に間違いではありません。ただし理想とは言えない。 美術の一つ前のお祭りの火は東北の震災によって一瞬にして打ち消されました。 震災前の神秘的なヒーローは震災が起きて脆弱なただのおじさんになりました。 でも正直それが本当だよね・・と思います。 アートの精神性の深さは深刻な現実の精神性の深さの前には全く歯が立たないほど実は浅く脆いものなのです。 その脆さの前にあることを忘れてはならない。 逆に普通に生きている人の、日頃明るく振舞っている人が深刻な現実に直面した際に見せる精神性の深さの方が計り知れないものを持っています。 残念ながら真実に打ち勝てるだけの強度を持った精神性の強いアートはないのです。 人は様々な問題とぶつかりながら生きています。 ことを荒立てないように静かな顔をしていますが、表に出さずに伏せている物事にはアートが打ち出すよりも強く、深刻な大事なものがあるのです。 つまりアートは普通の人たちから浅く見えます。 そう見えてしまう原因は実際に浅いからです。 そして人の心の奥底の深さが見えていないからです。 だからアートは大抵の人の心の底にたどり着かない。 震災前の祭りとはインスタレーションです。 ファインアートとの水の掛け合いによって生まれた盛り上がりは震災という真実の前にその深いと称されていた精神性を持ってしても、現実の深刻な悲壮を前に何の力も示すことはできませんでした。 つまり一瞬にして浅いものに変わってしまいました。 今のインスタレーションとは違う新たな火も一瞬で打ち消されてしまう脆弱性を持っています。 それも理想とは言えない。そして現実的にも社会的にもそれほど重要なものではないのです。 いまいちアートが盛り上がらないのは世の中のみんなに中身が透けて見えているからです。 その想像の域を超える作品がない。アーティストがいくら粋っても無駄です。 私にはちびっこのダダ(ちょっとダダイズムに掛けています)にしか見えません。 事実ダダに手を差し伸べるのは擁護しなければ・・という心理を元にしていると思います。 そうすると暇な人にしか相手することはできず、世の中の忙しい多くの人はアートの相手をしている暇はなく、そんな気にならなくて当然です。 本当の意味で世の中の関心を惹きたいならダダではダメなのです。天育実験工房でこの状況を変えたい。
天育実験工房では本当の天才を育てるために、天才を育てる前に必要な地ならしを行います。 地ならしとは今回の場合は偽りの天才の正体を暴き証明することです。 美術の世界は社会に不可解な印象を与えています。 その原因の一つが「天才」の捏造です。 例えば指に絵の具をつけてハンコのようにして描いた誰でも暇つぶしに描けば描ける作品を特別な才能があるものにしか描けないと騙したり。 そのような簡単に誰でもできることを苦しまぎれに「天才」に仕立て上げて中身のないお祭り騒ぎをしていることが実に多いです。 ピャピャピャの延長。しかもそんなようなアーティストが量産されてしまっている・・・。 天育実験工房では幻想公開講座で簡単に誰でも描けることを偽って「天才」「才能」として売り込んでいるものの種明かしを世の中に発信して暴露します。 天育実験工房は幻想の公開講座なのでシナリオだけはすぐに打ち出せるのです。 狭い教室で講座を実行するということよりも世の中に広く早く真実を打ち出すことが先決だと考えています。 本当の天才を生み出し育てるためには捏造をさせないための布石を打たなければなりません。 今回はその手始めとしてルーペを覗きながら絵を描けば誰でも細密に描くことが簡単にできることの証明を行います。 この描き方を使って肉眼で見えるギリギリの大きさで細密に絵を描けば、今の世間では簡単に評価を得ることができるのです。 ここで証明したことは社会に向けて「天才」として売り出す手法として用いれば瞬く間に社会に「天才」として認めてもらえる「天才」になることを可能にする手法です。 これまでに語られてきた「天才」の多くは実はこの程度のことです。ピャピャピャの秘密もいずれお話しします。もうピカソ神話はいいでしょう・・。
そのため「天才」として世に出ることに興味のある方は今回の講座で習得した技術を使ってテレビに出たりユーチューバーになって売り出すと良いと思います。 個展でもなんでも好きなようにやってください。 ここで公開しているアイデアは好きに使ってください。 そして私の活動は無名です。 私の書いたことを利用して「天才」になっても、論文を書いて教授になっても、多分ネタ元がバレることはありません。 私は気にしませんので安心して「天才」になってください。
2019年現在の絵画で注目を集めている作品のタイプは細密に描かれているものです。 細かい切り絵や消しゴム版画、ホキ美術館の写実絵画などがあります。 その中でより簡単かつ細密な切り絵、消しゴム版画、絵画を制作する方法が今回の方法です。 今回の方法で今の流行の中で一番目立つには視認できる最もミニチュアな作品を作れば良いのです。 それはバカみたいに簡単にできるので今回の講座でお教えします。細かく描くこの流行に乗るのも良いでしょう。 講座で学んだことを使って「天才」としてデビューするのも良いと思います。
天育実験工房で細密に描くことが如何に簡単であることかを世の中に広めていく活動を行い、細かくリアルに描くことに特別な才能は必要なんじゃないか?難しいんじゃないか?という誤解を解いて、誰でも簡単に絵を描く気になれる偏見のない世の中を目指します。 世の中に伝搬し尽くすまで長い時間がかかってしまうのでその間に「天才」として世に出て遊ぶ人がいても良いのではないか?と思います。 天育実験工房が誰でも簡単にできることを証明したとしても、その前に美術の世界で天才として名乗りを上げてイメージを定着させてしまえば、あなたは歴史上「天才」として名を残すことになります。 一度カテゴライズされたものは実情がどうであれ後から揺らぐことはないのです。 芸能人の方なんか丁度都合がいいかもしれません。 天才と称されたり、新人賞や優秀賞などの賞は努力や才能や能力で評価されるものでは一切ありません。 映画の世界を見るとわかりやすいと思いますが賞を取るのはイケメンや美少女でデビューしたての実力などあろうはずがない、ルックスで人気を上げている人です。 そのため言うまでもありませんが年老いてくると同時に人気は無くなります。 そしてルックスはそこそこでも世の中の人は「周りの人間が盛り上げてくれている人」を上等な人間だと、人を見立てる時の誤った認識の作法により錯覚して好きになります。 身の周りの愛情を注ぐべき人に愛情を注がないでテレビの向こうの偽りの人に愛情を注いでしまう。 可笑しなもんですね・・。 「天才」というものも大抵それと同じです。 特にアートはほとんどがそう。 みんなわかっているから「天才」を作り上げなければならない。 美術とデザインの世界は天才がイケメンで美少女であることは芸能界ほどではありませんが必要です。 少なくとも作品よりも前に作者です。 作者の前に周りの人間やイベントなどでお祭り騒ぎをして盛り上げてからでないと誰も見向きをしません。 つまりそこに集まっている人が期待しているのは作品でも作者でもなく「盛り上がり」です。 「盛り上がり」はまず観客である自分をちやほやしてくれている感じがします。 つまり観客を粗末に扱ってはならないのです。 それと退屈させないハプニングを期待させてくれます。 でも実際には退屈ではない派手なことは何もありません。 それは多くの作品がそもそも華美である必要がなく本質を大切にした地味なものだからです。 でも宣伝で派手な何かがあるかのように見せかけます。 中身とは全く関係のないダンディーなナレーションを加えたCMだとか・・・。 鳥肌が立ちます。 でも鳥肌が立ったとしてもこの見せかけがなければ展示には誰も集まらないのです。
「盛り上がり」で抱え上げられている人は実際右も左もわからない、どうしてダンディーな声のナレーションが必要かどうかなど考えたこともない。 ダンディーとは程遠い生き方をしてきたはずなのに・・・。 実際アーティストでダンディーな奴なんか一人もいません。 そして周りのみんなから抱え上げてもらえなければ困る人です。 手を離せば生まれたての子鹿のように自力では大きな舞台に立つ力はありせん。 そういった意味で美術とデザインの世界で評価されている人の多くが能力や才能だけで評価されているものではないのです。 ただ、1つ言えることは本物は偽りの「天才」「才能」ではなく「能力」で人を魅了する者です。 芸能人や美術とデザインの世界で「天才」「才能」「輝かしい賞」と言われている人や与えられている所を見てもなんか盛り上がってるな〜と思っても、大事な何かが欠落している印象を否めないことが多いのはそのためです。 テレビでは今、お笑いの世界はすごいですね、それとスポーツ。 技芸や能力で人を魅了しています。美術とデザインの世界はどうかな・・。 もうそろそろオリンピックが開催されますがスポーツ選手のようにエンブレムは人を魅了していますか?ごめんなさい私はエンブレム全く何も感じないです。 凄いんでしょう?・・ね?。
能力は実際にそのまま目の当たりにしても認識の作法がわからない場合はよくわからないのです。 なのでエンブレムの良さはわかる人にはわかります。 なので人は認識の作法がわからないものには振り向いてはくれません。なので私はエンブレム見ません。 そのようなことは世の中の多くの人がわかっていることだと思います。 では、なぜ私がそのことにこだわり問題視するのか?その理由はわからないことをいいことに「偽り」が蔓延しているからです。 偽りの社会は正しい方向には進みません。美術でもデザインでも芸能界でも本当に努力をして、能力を身につけて、本当に天才的な仕事ができる人間はいます。 今はその全てが評価されない時代です。 「偽り」のために真面目に目指す全ての人間には災害とも言える規模の損害が生じているのです。 喜び、ほくそ笑んでいるのは「偽り」を仕掛けている既得権益を得ているモンスターです。 美術の世界は長年損害を経験してきているはずです。 でも誰も何も言えません。 誰も何も言いませんから誰も何も学ばないのです。 今の状況をかえられないのは全ての権力者が既得権益の高い壁を構築し守られているからです。 既得権益がもたらす現象は生きている人間の活動に対して強いゆらぎを与えます。 つまり既得権益を持っている者の興味はいかに自分の生きている間に自分が利益を生み出す場所とそこから湧き出る利益を牛耳れるか?です。 その力が世の中に強い揺らぎを起こします。 生きている既得権益を持たない者をいかに死ぬまで黙らせるか?黙らせるための実力行使をするたびに世界は揺らぎます。 権力者には自分の権利を脅かすものが生きているかどうか?が重要です。 既得権益を持たない者は死んでくれさえすればどうでもいいのです。 死んだら利益は持っていきません。 自分の大事な金は守られます。 つまり今の世の中も昔も本物が評価されるのは死んだ後です。 生きている間は全く見向きもしなかったのが死んだら害はないので安心して評価することができます。 つまり生きている間は権力者の妨害があるのです。 それが権力者の所に利益が流れるように仕掛けられた偽りの「天才」「才能」が踊る「祭り」です。 虚構で買値が釣り上がるオークション。虚構で与えられる団体の賞・・・。 虚構で与えられる大学教授の椅子。子供には真似させたくはないですね・・。 子供の図画工作の世界を見ればありありとわかるはずです。 図画工作で与えられる偽りの賞。 それがずっと続くのです。
● 講座を受講すると・・・簡単に天才になれる
「天才少年」でもいいと思いますし、「天才OL」もいいと思います。間違いなく言えることは、世界的にも歴史的にも肉眼で見える最小の絵画の技法ですから実行すれば確実に「天才」と称される間違いのない技法です。
つまり、これまで世に出た天才の多くがこのような秘密によって売り出されたものなのです。※私はプロデュースしません。そういったことに一切興味はありません。
● この講座開講には裏に天才育成のための真の目的があります
・美術の世界に蔓延する詐欺まがいのビジネスを1つずつ撲滅する。・詐欺まがいのビジネスの巧妙さを教育に生かし輩を天使に生まれ変わらせる。