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難関校の合格者と不合格者の違い

自分に厳しく、他人に優しく

難関校の合格者と不合格者の作品にははっきりとした違いがあります。特に顕著な違いが確認できることの1つが基礎力です。基礎力は徹底的に努力することによって磨かれます。その努力は容易なものではありません。努力の積み重ねは作品の「徹底性」となって現れます。 難関校に通用するだけレベルまで作品の「徹底性」を高めるには生徒の努力だけではとても困難です。
王手の美術予備校には「自分に厳しく、他人に優しい」又、「自分に厳しく、他人にも厳しい」生徒/講師/スタッフがいます。一方で小規模/中堅美術予備校では1部「自分に厳しい」生徒はいますが、講師とスタッフは「自分に優しく、他人に厳しい」又は「自分に厳しく、他人にも厳しい」人が多いように思います。例えば王手美術予備校では合格結果がでなかったために自ら責任をとって辞職する講師がいます。毎年他の講師との合格結果の比較をする環境にあるので自責の念も必然的に強くなります。一方で小規模/中堅美術予備校では毎年の合格結果が特に大勢の生徒が合格する訳ではないので、王手美術予備校とは比較にならないほど平易な状況を下地に自分の仕事を自己評価することになります。
問題は生徒が難関校に合格しなかった場合に講師/スタッフの想う反省の仕方です。王手の美術予備校では難関校に生徒が合格しなかった場合に講師から「責任を感じる」という声が上がります。一方で小規模/中堅美術予備校で良く聞く声は「生徒次第」「自分次第」というものです。いずれの考えも間違ってはいませんが、生徒の合格の仕方には顕著な差が「徹底性」として現れます。

講師を立てるスタッフと講師よりも優位に立とうとするスタッフとの違い

王手の美術予備校には保護者と生徒が敬っている講師をスタッフも立てる。そういったモラルが徹底しています。学生講師と言えどもスタッフが呼び捨てにすることはありません。一方小規模/中堅美術予備校では対外的には綺麗な顔をみせながらも、講師を立て、敬うモラルの意識がまったくない美術予備校もあります。悪質なものになるとなんとか講師よりも優位に立とうとし、講師に呼び捨てにし、それぞれの講師の顔を見る度に講師の欠点を指摘する心ないスタッフもいます。問題はこれが大きく合格結果に影響することです。

徹底性

基礎力に圧倒的な違いが現れる理由は単純に「徹底性」に差があるからです。徹底性は受験生を取り巻くあらゆる側面が影響します。

 基礎力の向上に与えるのは、
①教える講師の姿勢
②教わる生徒の姿勢
③経営者の姿勢
④経営者をアシストするスタッフの姿勢
です。
これらの姿勢は受験生の徹底性に大きな影響を与え、結果として受験の合否や、基礎力の違いにあらわれます。例えば王手の美術予備校には1秒でも指導の時間を惜しむ講師がいます。経営者は予算の出し惜しみをするのではなく1人でも多くの生徒が合格する環境になるように講師よりも率先して予算の使い方を提案します。そして営利に走らない経営者の姿を見てその姿に後押しされ、美術予備校という体質を理解し毎日のサービス残業などの努力を惜しまないスタッフの姿勢もはっきり違いがあります。王手の美術予備校ではスタッフに感動させられることが何度もあり、未だに助けられた時のことが夢に出てきます。しかし小さな美術予備校では失望の連続でした。そして、不眠不休で夜中にアルバイトをしたり、寝る間を惜しんで自宅課題を制作しながら昼間部に通う本当に受験に命をかけている多浪生もいます。そういった差が入試では明らかな基礎力の違いとなって現れます。
実技の側面から基礎力の違いを具体的に表す2つの言葉があります。1つは「描きすぎ」です。もう1つは「休んでもいい」という言葉です。

描きすぎ

「描きすぎ」とは卓越した描写力を持った受験生が集まった際に力量を精査するために必要な概念で、東京芸術大学の元油画科の教授が使っていた言葉です。卓越した描写力を持った受験生の中ではモチーフが本物そっくりに描かれていて当たり前になりますので問題は「如何に無駄なことをせずに描けるか」ということになります。

例えば東京芸術大学のデザイン科では実技試験の課題の制作時間は7時間です。参考のために実際の実技試験の作品は東京芸術大学のホームページ東京芸術大学デザイン科入試で確認して下さい。デザイン科の実技試験で合格した作品を見て徹底性を感じることは容易ではないかと思います。これから絵を始める初心者の人は気おくれするかもしれません。しかし、少しでも要領の得た指導者の指導を受けることは一番の上達の近道となるのでその点を理解するために作品を見て下さい。これらの作品は当然描くスピードが速いわけですが、単に手が早いだけではなく、要領を踏まえてどこを描けば描いたように見えるか良く理解しています。理解するために訓練も2~3年程度は積んでいる訳ですが、問題は同じように2~3年努力しても「指導者の力でどこまで上達できるかに大きな違いが生まれる」ということです。例えば東京芸術大学のデザイン科に弱い小規模/中堅予備校の生徒の多くは試験時間以上の時間をかけて画面全体を隅々まで描くということで精いっぱいです。指導者自身がどこをいつどのように描けば時間内に描けるかわかっていません。当然生徒も描いても形になっていない生徒が多く、結果的に時間をかけて形にして、タッチまみれの作品が絶賛され、万全の試験対策を想定し、一旦試験終了時間よりも余裕を持った時間で東京芸術大学合格レベルの作品を描き上げるといった生徒はいません。パンフレットには実際の入試時間よりも遥に多い制作時間で細かく描き込んだ作品を掲載します。それでも高校の先生や高校生、保護者の方には見分けがつかないので美術予備校に違いはないと考えて生徒は入学します。東京芸術大学のデザイン科の場合生徒を安定して合格レベルまで高める指導力を持っている講師は全国に一握りしかいません。指導力を持っている講師のもとで、はっきりと要領を踏まえた講師の指導を受ければ、いつ/どのタイミングで/どのように描けば良いかよくわかります。苦しまなくても試験時間以内に十分仕上がります。しかし、指導の要領を踏まえている講師は実際には少なく、どこの美術予備校も生徒に東京芸術大学の合格レベルの作品を完成させるための教え方がわからない場合が多いです。芸大美大受験の世界が規模の大きな世界であれば免許や資格の制度が作られて教えられるのか?/教えられないのか?を免許を通じてはっきり区別ができますが、規模の小さい世界では免許や資格がなく。全てが絵やデザインの先生となってしまい、指導の力がなくても広報の仕方で生徒を呼び込めてしまう世界なので、実際には指導のできない講師が指導をしてしまい、結果的に誰も受からないため芸大美大受験予備校の根深い不信へと繋がっています。

洗練(英 sophisticate)

無駄に手を入れている作品程、しっかりと観察やイメージ、効率の良い作業方法の創造と研究が足りません。無駄があれば完全に集中して制作することはできず、厳しいかもしれませんが、仕事をなんとなく進めると言った具合になっているはずです。美術の世界では洗練(英 sophisticate)という表現で無駄のない高度な技術や感性の仕事を称賛します。東京芸術大学の合格者の作品と不合格者の作品の筆跡を比べると、明らかに洗練されている作品と洗練されていない作品との違いが見てとれます。認めたくはないかもしれませんが、是非とも冷静に見比べて下さい。良く見れば素人でも手の入れ方の違いがわかります。
無駄な手数を理解するには、タッチを入れると画面の上で絵具が物理的にどのようば状態になっているかイメージすることが大切です。絵具が暗さの段階を作っているのか?絵具の彩度、輝度、透明性、反射率などがイメージ通りに移行しているのか?タッチを入れて調子を作ることには、効果の限界があります。入れても効果のない無駄なタッチが実はあります。無駄なタッチが入ると絵は鮮度を失います。気持ちに反して絵が悪くなったり、劣化を始めます。その状態に入って気がつかずに手を入れていることを「描きすぎ」と表現します。これが理解できているかどうかは「高度な感覚を身に付けているか」と「それ相応の努力ができる人か」の具体的な判断の目安になります。

休んでもいい

「休んでもいい」とは、言葉の意味は単純です。受験生は真面目であることは大前提です。ある程度以上の高い意識を持った生徒には必要以上に管理をする必要がありません。毎日の課題の制作の間に時として資料探しなどのために美術予備校を休んだ方がいい場合があります。そういった時でも真面目な生徒は意地でも休みませんから、講師から休むように指示をすることがあります。勿論資料探しをしなさいと言う意味です。又、優秀な生徒や講師は1日中仕事や勉強のことを考えています。受験生の場合は予備校に来ている時以外も時間を惜しんで絵を描いています。そういった様子が常の美術予備校では講師から体を休める意味で「休んでもいい」ということがあります。「休んでもいい」とは王手の美術予備校でよく聞く言葉で、カリキュラムや通常の予定を越えた高度な配慮と受けとることが自然ですが、しかし切磋琢磨する世界でも残念ですが心ない一部の小さな美術予備校では残念ながら受け入れられないことのようです。難関校に合格するには環境が大切です。自然と仕事や制作のことを考えてしまう。そのような環境であることが大切です。モチベーションが上がらず、やりたくない気分になり、無理をして制作しなければならない雰囲気の環境では、ある程度の所まで進めてもそれ以上は成長することができません。受験勉強の本質は受験の外の高い理想の部分にあります。高い理想を持つことで制作や勉強が楽しいものになります。東京芸術大学には周りのレベルをはるかに超えたレベルで合格する生徒がいます。そういった生徒の多くが受験の範疇だけで物事を見ていません。難関校に合格するには高い理想を示すビジョンが大切です。勿論クマビにはそのビジョンがあります。

芸大美大に合格するために
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