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講習会のススメ

小平 崇史

東京藝術大学絵画科油画専攻 卒業

こんにちは熊谷美術研究所 代表の小平 崇史と言います。
今日は皆さんにぜひオススメするクマビの講習会について書きたいと思います。

講習会のススメ

 クマビの講習会のススメは熊谷美術研究所(以下=クマビ)の生徒に向けて書いた手紙に書き足しを行いクマビの外の皆さんへのススメに書き換えたものです。講習会はとても大切なものです。でもその意義を伝えることが難しく、それでも少しでも伝えるために書きました。芸大美大受験では25年前から次々に受験生が減り続けています。その中でも特に浪人生と東京都外からの受験生の減少は顕著です。浪人生の減った芸大美大受験の中では、特に高校生と中学生のうちに対策を始めることの重要性を説くことが必要だと考えます。私は受験倍率が下がることには賛成です。その上でしっかりとこの世界に興味がある少数の受験生にはしっかりと力を身につけてもらいたい。彼らにはこの世界を継承する意味でも年月をかけて学んでもらいたい、そして我々は全身全霊をかけて育て上げなければならないと思います。受験生の様相を不健全な形に歪めている大きな要因の一つは現状では芸大美大受験業界の要となっている東京藝術大学の合格者が1つの予備校に集中してしまうことです。デザイン、工芸、彫刻、油画、日本画などのそれぞれの学科で定員の半数程度が1つの予備校からしか合格しないという状況が続いています。(油画は最近分散しました。)それによって高校のある間に現役生はその予備校に通える距離にいる人しか通うことができず、(講習会にはぜひクマビに来てください。2021年東京芸大油画専攻3名中1名合格です。)通えない現役生は浪人からスタートするか、多くの受験生が受験そのものを断念せざるを得ません。予備校が得をしているのかと言えばそうとは言えません。どこの予備校も合格者数を出せるのはわずかの科です。そうすると合格者の出ない科を支え、経営者の利益を考えれば、自ずと講師に支払われる報酬は安くなります。25年前の美術予備校講師の報酬は高い人で年収1000万という話がありましたが、今私の知りうるのはその半分です。その中できちんと調べてはいませんがもしかするとクマビが最も報酬が高いかもしれない。それほど実質はどこも勝っていない。この様相を立て直さなければ実は誰も得をしておらず、ズブズブと泥沼にはまり続けるだけだと考えます。このような状況の中でも本当にモチベーションの高い一握りの受験生がいます。美術やアート、デザイン、イラスト、漫画、アニメ(以下=美術にまとめます)の世界に人生を賭けると決めている人です。彼らは昔も今もそう多くはありませんが、これから先もいなくなることはありません。芸大美大受験予備校は彼らを対象としていくべきです。それには今のように経営者が売上の多くを持っていくビジネスモデルではなく講師が自分で予備校を経営するべきです。そうすれば十分に採算は取れます。今は受験生減少により大手予備校を退職した優秀な講師が全国に散らばっています。彼らが個人で予備校を設立すれば彼ら自身も大きな利益を得られますし、何より地方の受験生が指導の機会を得られるようになります。その際には今のような受験生の数は必要ありません。本当に美術に人生をかけている受験生がその予備校に集まればいい。それで十分この業界は健全な形に生まれ変わることができます。
 東京藝術大学の受験生の数はこの25年の間に減少し続けています。当時は東京藝術大学の油画の受験生だけで3000人、今は芸大美大の受験生全員集めて3000人程度です。それでもこの3000人が本当に美術に人生を賭ける覚悟を持っているのかと言えば持っていません。ほとんどの受験生はこの世界に本当に骨をうずめるほどの興味を持っているわけではありません。本気ではないなら下手に彼らを巻き込んではなりませんし、とても判断しづらい中で上手く本当に残すべき人材も見極められなければならない。私が見ている限り、この世界に向いている生徒は確実にいます。そこは将来の美術の核となるとても重要な宝です。

<コロナ禍を読む感覚が必要>
 今はコロナ禍ですが、ここのところ特に大学進学後に後悔してる学生が多い。これまで芸大美大が提供してきたモラトリアムな空間や環境は非常時には正常に機能しないのです。大学の外の世界が険しく、その喧騒から逃れ愛着が持てる愛着の安全基地になり得るのは平時の時。今は大学としての機能と真価を問われる時です。残念ながら真価を問うた時の学生の答えが大学を辞めたり休学するという選択になることが多い。それはあまりに悲しいことだと思います。受験生の多くは美術の世界のことがよくわからない状態で大学生になります。その中で多くは美術の世界から離れていきます。彼らがよりよい形で人生を模索できる空間は私は企業だと考えます。報酬のない中で積極的に、健全に美術と関わり続けることは単純に困難です。そう考えるため私は生徒全般に企業への就職を勧めます。その上で私のいうことに疑問を持ったり他に興味関心が持てるものができて企業を選ばない人はある程度判断ができているでしょうからそれでいいと思います。誰も彼もアーティストとして突撃させるような、受け皿もないのに平然とそれで流せるような感覚は平時ではない非常時の今は持ち合わせてはならない危ない感覚だと私は考えます。この状況で本気で飛び込める気を持っている人が飛び込めばいい。それは本当にごく少数のはずです。私の考えはおそらく全体に向けた指導として外してはないのではと思います。それでも多くの受験生をひょっとしたら余計にこの世界の下世話な都合に巻き込んでしまっているのかもしれない。私も予備校を運営させるために広報しますからあるかもしれない。なので今回の話は問題を少しでも解決できるように書きました。クマビならびに芸大美大に興味のある皆さん、特に日本中の受験生に読んで頂きたいと思います。また、色んな意見や思惑があると思いますので、受験生には自分の目で答えを出してもらえるといいと思います。ここに書かれていることが真実かどうかも含めて自分の目で確かめて頂ければ、もし私の話を聞いて違和感を覚えて、別の自分の意見があればネット上にあげて欲しいと思います。(講習会とは予備校で行う春期、夏期、冬期、直前講習会のことをいいます。)

熊谷美術研究所 代表 小平 崇史

<必要なものは才能ではない>
 講習会の意義の中で特に語りづらく説明の難しい部分の1つに経験の積み重ねの必要性があると思います。

 親御さんや高校の先生が受験生に指導するときに多いのは美術の世界は「才能」で学校に通う必要も、努力の必要もないというものです。まして食べていけない世界に進むために時間とお金をさく必要がどこにあるのか?という声もよく耳にします。それと高校の先生の進路指導に多いのは芸大美大に行ってから就職が厳しく食べていけないが教員免許をとって先生になる。そして先生になるなら芸大やムサビ、タマビなどの難しい大学に進む必要はなく、県内であれば埼玉大学や近くなら群馬大学で十分、この2つの大学のように受験勉強をしなくても入れる大学は沢山ある。だから高校では部活に専念したり、美術予備校に高い授業料を払う必要もないし、大変で難しい受験勉強をすると心を病んでしまうと指導される高校の先生さえおられます。このような話を聞くと切実にそれ以外の可能性を深く掘り下げなければならないと思います。食べていける様子を見る機会のないことによって指導が偏執的になる問題を解決するためには、悪い話ばかりではなく良い話をしてバランスを保てるようにしなければならないと私は考えています。

 まずこの世界で言われる「才能」ですが、私個人の考えで言わせて頂ければ才能は全く関係ありません。一にも二にも努力です。そして「食べていけない」という指導ですが「食べてはいけない」と指導されるのは特に高校の先生に多いように思います。大学の先生でも難関校の先生の中やアーティストの中には完全に食べてはいけないと割り切る人は少ないと思います。難関校ではなくFランク校と教育系の大学の先生、そして高校の先生が食べられないと考えるのは無理もないと思います。なぜならば食べている様子を見る機会がなく、美術を専攻しても、そう考えるから高校の先生になられたはずだからです。でも、一部の大学の先生やアーティストなど食べている立場の人間からするとやはり完全に食べられないということはなく、私たちが目の当たりにしているのは食べている現実ですし日本の子供が美術に入る前に通過する高校で「食べていけない」と教育されてしまうことに大きな懸念を抱きますし、社会の中の1つの美術という世界の入り口がそれでは良くはないように感じぬぐいようのない違和感があります。現実的に食べている人の中で特に努力をせずに食べている人も知り合いに稀にいます。でも本当に1%にも満たない人数だと思います。どこからどうみても才能の言葉は必要ないほど具体的な努力を積み重ねてここまできています。そして才能という言葉を使う様子もたくさん目の当たりにしてきていますがそれは全て作品を販売したり、生徒を集めたりするときや、お客さん向けて宣伝するとき、高校の先生がコンクールの受賞経験がある生徒に進路指導する時にあります。つまり私たち同士で才能云々などの話は一切しませんし、仮にしたとしたら失笑されるような本当にほんとに感覚や習慣にない話です。

<美術予備校で時間をかけて訓練する必要があります>
 経験の積み重ねは重要です。大学、専門進学後のために十分な経験が積めるようたくさん時間を設けておくことが大切です。時間を設けて経験することで間違いなく将来この世界で立ち回るために必要な頭脳が養われます。話が少し私の勝手な未来の予測に変わりますが、この時に養った頭脳はこれから始まる社会の第3次産業革命の中で必ず活きる能力となるはずです。人の手でおこなってきた仕事はAIがとって変わりロボットが人の代わりをするようになる。人は労働力ではなく想像力/創造力を発揮することが重要になる・・・。そのような中でアートが担う役割は日増しに大きくなります。アートの役割が増し世の中がアートに関心を持つ中で、より専門性の高い想像力/創造力が求められるようになる世の中で芸大美大の学生は、今のうちにしっかり頭脳を養っておくことが重要だと思います。芸大美大に入ってから全ての能力が開花させられるのであれば問題はありません。しかし芸大美大では養うことができない美術予備校でしか高められない能力が否応なくあるのです。

 新しい時代への幕が開けた瞬間、美術の世界は一変すると思います。今は幕開けのそのまた幕開けの前夜。そのトリガーはおそらくアートの内部の人間ではなくアートの外の一般の人たちによって引かれると思います。一般の人たちが我々以上の作品を、絵を描くようになる。ただしおそらくその中に美術予備校で養っている頭脳の人はいない。なぜならば美術予備校で養っている頭脳はここでなければ養うことができないからです。今大学の座学で行なっていることも含めた情報の多くはインターネットを使い、動画で配信してしまえばわかってしまう内容です。芸大美大の講評はリモートで十分行えます。リモートで行えるものは録画して配信することが可能です。仮に配信を大学がやらなくとも、外の人が同様の情報発信を自然に次々に行うはずです。情報が外に出て垂れ流しになって困るのは内部の人間です。逆に外にいる人は、情報が得られず困っていたり困っている側ですから大多数の外の人に向けて情報を発信することに前向きです。情報を持っている人は情報を発信すれば自分に利益がある場合もあります。勢力的にはごく少数の大学の内部よりも実は外部に向かった人の方が大半なので外の力は実は巨大です。これからはトリガーが引かれ外の力の方が圧倒的に強く働くようになるはず。それでも、動画を配信するだけではわからないものがあります。それは何か?それはマンツーマンによる対面の技術指導を通じて初めて伝えられることです。大学は大人数の技術指導はしますが長時間マンツーマンで技術指導をすることはありません。

 残念ながら大学はそれほど対面を重視していません。私の教え子の話では東京藝術大学絵画科油画専攻の大学院で先生が年に1回しか来なかったという話もあります。このようなことはこれに始まったことではなく何十年も前から繰り返されていることです。東京藝術大学の大学院から博士に残る道は日本ではエリートコースです。でもこの状況を嫌って大学を離れる人は少なくありません。私もその一人。デジタルではなくアナログを重視している美術予備校で行なっていることの多くは動画を配信したところで伝えられないことが多いです。ここで教えていることは大学に入る前に徹底的に教えて育てておかなければなりません。本当にそう思います。少なくとも大学では教えてもらえないのですから・・・。

<力を身につける期間は予備校から大学から場合によって企業へ>
 美術予備校の実習の中で生徒が掴んでいくことの多くは浪人の間に掴めることが多いように思います。浪人生たちはおよそ3年かけて掴んでいるように思います。一方受験生は年々減少しています。その中で現役で大学に進学する人の割合は増えています。合格するまでの間にしっかりと実力を養えて進学している場合は現役合格でも問題はないでしょう。しかし、多くの人は不完全な状態で進学していると考えます。

 しっかりと経験を積んだ学生と不完全な状態で進学した学生がいる大学の外で、それを見ている受験生の意識は二極化しているように思います。1つには受験に力を入れない人たち、もう1つは受験に力を入れる人たちです。大学に入ってから予備校で身につける能力が身につくなら問題はありません。しかし、現状でそれは不可能です。予備校で身につける能力が必ずしも必要かと言われればそうでないケースもあります。しかし、不十分なまま大学に進学して失敗するケースは多いので、とうてい黙って見ていられるような数ではありません。
 大学生になる前に身につけておかなければならないことは何か?それは造形力と頭脳です。日本では造形力を高められる場は美術予備校にしかありません。造形力を高めるためには美術予備校に通うしかない。

 学生たちが絵や漫画、アニメ、イラストなどの作品を作って食べていけることを希望したり、大手優良企業のデザイナーになって活躍していきたいのであれば、じっくりと時間をかけて経験を積み重ね頭脳を養うことは必須です。大学に進学する人はもとよりそうでない人(進学しない人)も本来であれば美術予備校にしっかり通うべきです。そして美術予備校は受験生以外の人にも門戸を開くべきです。力を高める場は美術予備校にしかないことは、そのことに少し目を向ければわかると思います。

 この話は必ずしも美術予備校に通わなければならないとまとめるつもりはありません。でも、現状では造形力は美術予備校に通わなければ身につかないと思います。
 将来的に造形力の指導は日本のいたる所で可能になると思います。しかしそれを阻害しているものがあります。それは上にも書いた予備校の合格者の偏りもそうですが、何よりその思想の種を産み付けている東京芸大神話です。東京芸大を目指し、その対策に強い予備校に通わなければならないというイメージが定着しています。それによって全国各地に優秀な指導力を持っている講師がいてもその能力を発揮する場を作ることができません。私の知る限り大手の予備校で結果を出してきた講師が少子化により退職し全国に散らばっています。誰でも指導ができると安易なことは言いませんが私が知っているだけでも相当な数の優秀な講師が日本中にいるのです。残念ながら今はその力が全く活かせていない。
 日本では芸大美大受験の話をすると、とかく芸大受験の話になってしまう。理由もよくわからず誰でもなんでも東京芸大を目指すという思い込みによって造形力の大事な必要性がぼやけてよくわからないものに変質してしまっている、と思います。
 造形力は受験のための基礎力だけではなく、美術において幅広く役立つ基礎と認識されているケースは少ないと思います。そのためアンチ東京芸大へポジショニングした人の多くは造形力を身につけることに関して否定的です。このあたりのボタンの掛け違いは東京芸大神話が崩壊しない限りはなくならないと思います。
 私はこれまで誰でも知っている(誰とは言いません)漫画家、イラストレーター、デザイナーである程度売れて途中から食べていけなくなった人たちの相談を聞いて仕事を紹介してきました。いつも思うのは広い視野でものを捉えておく必要があるということです。その上で予備校で頭脳と造形力をしっかりと身につけておくことは必須だと考えています。また、大学で幅広く学ぶシラバスはとても有効だと思います。特にイラストレーター志望の人たちには食べられなくなるリスクを考えていない人が多いのでお話しておかなければならないと思っています。この業界で一生食べていけるようになりたければ時代の流れや潮目を読めなければなりませんし、人をなぞるのではなく自ら開発し誰も作れなかったものを作り出す創造力も必要です。コミュニケーション能力も大切ですし、語学も必要になります。そういった意味で、美術予備校での基礎と難関校に進学した後に大学で主体的に考えさせられる課題を与えられることによって身につく力はとても大きな意味を持つものだと思います。

<一見安心感のある教員免許や資格>
 芸大美大は下手をすると教員免許を取りに行くだけのものと認識されていることがあります。これは半分正解で、半分は誤りです。大学では、美術予備校で高度な基礎力(造形力、創造力、想像力など)を身につけていることを前提に、大学は基礎を行わず、実戦力を養うための課題を与えて答えさせます。つまり予備校のような指導を行いません。行わないのは、全国の大学のカリキュラムの元となっているのが東京芸大だからです。今でも生徒が2浪程度する東京芸大においてはそれでも授業は成立します。東京芸大を模してシステムだけを移行している他大学では、学生が徹底した基礎を教わった機会がないために入学した後に状況が理解できずに、何もできないまま呆然としたり、淡々と課題をやり過ごすしかない生徒が増えてきます。それでも周りの景色は一見平和に流れて時間がすぎるので、それが自然なことだと受け入れているように思います。そのようなボヘミアン的な空間の中で、ふと我に帰り現実的なことを考えて見つかる手がかりは大抵教員免許しかありません。そうして高校の先生になったら卒業後に受験生にアドバイスする機会があった時には芸大美大に行ってとりあえず教員免許は取っておくようにアドバイスしたくなります。芸大美大ではとりあえず教員免許を取る学生はとても大勢います。

 描く力を身につけ、ゼロからものを生み出す創造力を身につけ、これまでの経験の蓄積から想像し、想像し尽くす想像力を美術予備校で身につけた後に、大学に入って課題を投げられるのなら何の疑問もなく合点がいきます。でも実際にはそれは本当に一部の大学でのみ成立することです。今の日本では高等教育機関に進学する前に描く力、創造力、想像力を身につけておかなければならないことに誰も気づいていないのかもしれないとも考えてしまいます。もしこの問題に気づき変革することができたなら、受験生は何も無理をして東京芸大を目指す必要もなく、日本のどこにいても一生懸命に頑張りさえすれば確固とした力を身につけられるようになるはずです。わけがわからず何でもかんでも東京芸大を目指すそんな神話の中では受験生は東京芸大に進むしかないと漠然と考えてしまっても無理もありません。

 今はまだ東京芸大神話があります。東京芸大に進む以外に道が見えないせいでまだまだ無理をして多くの受験生が東京芸大を目指します。実際にはその必要性はないのですが、そこには空間が捻れているというか、異様で変な空気が流れ実際に無理が生じています。その無理に気付いていても誰も口を出さない。東京芸大には東京芸大にしかないパフォーマンスがあります。しかしそれは今の異常な入試倍率の意味を納得のいく形で説明できるものではありません。適切な倍率はどう考えても5倍程度。10倍以上あるのは全国の受験生がそうする他ないと考えてそうしているにすぎない、いわば病的な状況だからそうなるのだと思います。このようなシステムが構築されている背景にはこれを作った人の都合が働いています。東京芸大はつい最近、今でも、本当に時代錯誤なパワハラ、セクハラ、モラハラなどなど平然と横行する異様な空間でした。というか異様さは皆さん見ることができます。この異常さが露骨に表れているのが入試の倍率です。これに気付いている人が東京芸大の中に何人いるのか?そして全国の芸大美大や中学や高校の先生方も気づかれてはいないと思うのでいつ気づき動かれるのかと思います。

<教員免許神話>
 学校の先生は立派です。しかし大学も含めて学校の先生は学校のシステムに乗っかって生活している人たちです。学校から見える社会から先に踏み込むことはありません。学校の先生の多くは大学を出た後、学校の外の社会を見たことのない人たちです。受験生への進路指導の話をお伺いする限り、学校の外の可能性に踏み込んだお話を具体的に指導されている話を聞くことはありません。立派な方々ですが学校の枠を超えた世界に生徒を導くことが不得手のように思えます。生徒たちの多くは学校の外に飛び出していきます。自分たちを飛び越えて行くのですから今のままでいいのか?とても疑問に思います。美術系の進路に関しては教員免許を取るという話しか聞きません。絵で食べていく、イラストや漫画で食べていくという資格をとる以上の学びや努力に踏み込む話を積極的に聞けることはありません。私も先生なので偉そうなことは言えませんが先生なんかやっている時点で自分の可能性に力一杯踏み込めてないはずです。本当の努力や学びは踏み込んだ先にある。その先に踏み込もうとする生徒がいたなら弱い我々が偉そうにそれを止める言い分や能力はないし、我々の飛び込めなかった勇気を彼らが持っている時点で文句を言える立場にないように思います。資格を取ってそれに落ち着けというのはあまりやる気のない生徒に向けて指導することです。(司法試験や医師免許は別ですが)後でも書いていますがこの業界で食べていくことは可能です。しかし、それはよくある資格を取れば最低保証のように誰でも収入が得られるというものではありません。しっかりと努力をして能力を身につければ必ず食べていけるというものです。資格はカリキュラムに沿った授業を受け、レポートや試験を受けて合格すれば貰えます。半ば儀式のようなことで得られるものです。それとこの業界で食べていくということは全く別のものです。

<美術の基礎>
 美術においてこれらの基礎となる造形力を学べる環境は美術予備校にしかありません。そしてこれは将来を見越して頭脳を養うために必須の教育です。教員免許を取ったり、資格を取るようなことを想定しているわけではありませんし、もっと大きな可能性に生徒を踏み出させるために教育していることです。免許や資格のようにマニュアルに沿って座学を受ければ良いというものではない。対面で個々の力を確実に高めていくものです。それなりに年月を要すもの。美術予備校はここでしか教えることのできない重要な美術の基礎を教えるものです。美術予備校に触れる機会のない方々には日本では、いや世界でも基礎を学べる環境はないものと認識されていることが多いように思います。

 日本では基礎となる造形力を高く引き上げ実力の伸長を図るのは受験対策の必要な一部の難関校の芸大美大受験でしか現状ありえません。そのため実は保育園、幼稚園、小学校の全ての美術の先生。それと中学校、高校のほとんどの先生は美術予備校に本格的に通って対策をした経験がありません。美術予備校に短期間なら足を踏み入れたことのある学校の先生も一部おられるので、その存在を垣間見た経験をお持ちの方はおられます。でもそれもほんの一握りの人の話で全体で見れば学べる環境はないものと認識されていることが多いと思います。事実、イラストレーターやアニメ、漫画を描いている人たちの多くはどこでも教えていないと考えている人が多いです。

<絵で食べていくには頭(頭脳)が必要>
 美術の世界には色んな職業の人がいます。これらの職業の皆に共通していることは絵(仕事)のことを考え続ける「頭」が出来ているということです。考え続ける頭は一日中そのことを考えることでできていきます。「一日中絵のことを考え続ける」ということは、「生徒たちが絵で食べていけるようになるためには不可欠なことではないか?」と思います。頭がいいとか悪いとかどうでもいいです。そんなことではなく、私のような学習障害のあるものですら食べていけるのです。障害があるから割り切れたということもあるかもしれない。割り切れなければ不安であれば私は大学の教員や企業への就職を目指せば良いと思います。もしあなたがやり遂げたいと思うなら大事にするべきことは想いとかそういう類のものだと思います。

 考えることは些細なことや本当に狭く小さなことでいいです。何か1つ自分が考え続ける問題を決めて欲しいです。そしてその1つを生涯手放さないこと。私自身考え続けると決めたことに関しては世界中の誰よりも精通している自信があります。(私の選んだものはずっと絵を教えてもらえなかった現状そのものです)皆さんもそうすればわかる時が来ると思います。その時はきっと生活の不安はない。皆さんがこの世界で成功するためのヒントは考えることにあると思います。今の皆さんが感じていることの中から1つを掴んで、その問題解決のために考え続ける姿勢を貫いて欲しいと思います。そうすれば必ず成功します。指導者としてそれを教えるべきだと本当に思います。絵の中の何か1つでいいです。それを世界中の誰よりも考え続けてください。そもそもそんな人が食べていけないわけはない。この世界は外からは見えませんがそれはそれできっちりと歯車が回り、はっきり社会に機能している世界です。あなたの取り組みは必ず収入に繋がります。私自身自分の経験として確信を持ってそう思います。

<いざクマビの講習会へ>
 中学生や高校生の皆さんは学校があるので絵のことだけを考えるということは難しいかもしれません。浪人生はある程度できていることでしょう。これで食べていくのですから、少しずつ絵のことを優先して考えられるようになれるといいと思います。講習会は中学生と高校生においては生活の比重をグッと絵に傾けられる貴重な時間です。本当の能力を発揮できるように講習会で絵のことに全力を傾けてみましょう。大事なことなのでもう一言添えておきますが、努力のない才能などはよからぬことを企てているどこかの大人が作り上げたまやかし以外の何物でもありません。そして努力をすれば誰でも成功します。

<消極ではなく積極的に>
 予備校の中には絵のことを1日中考えることができている人がいます。当然ながらできていない人もいます。絵を続けていくために最初から絵以外のことを捨てる必要はありません。いきなり捨てるような消極的なやり方ではなく、じっくりと時間をかけて、生活のこと、学校のこと、友人のこと、遊びのことなどと絵の良い繋がりを考え抜くことが大切です。強引なやり方はいつか破綻を起こします。じっくりと考えて頭ができれば、自分なりの答えを出すことができると思います。世界的に活躍するような仕事の仕方ができる人ほど折り合いをつける力があると思います。逆も然りです。絵=人生だと思います。友人=絵ですし、趣味(私は釣り)=絵だと思います。収入=絵ですし、家族=絵です。学校=絵でもあります。

 講習会期間中は絵のことだけに取り組むことを許された期間です。絵のことだけに思う存分取り組める時間を持てるように、日頃からあらゆる努力をしておかなければなりません。まずは講習会期間に絵に没頭する頭になれている人は一歩進んでいると思います。

<食べられる世界>
 絵の世界はとても面白い世界です。遊びとも取れるような面白いものです。そのためとても沢山の人がこの世界を目指します。なので、その中で食べていくには群を抜いて抜きに出る必要があります。この世界では大多数が「食べられない」と言われています。世の中で言われている通り「食べられない」という理屈は半分あたりです。でももう半分間違いです。なぜならば仕事のことを考え続ける頭が出来ている人はこの世界で食べていくことができるからです。この世界で食べている人にとっては「食べられる」ということが常識です。そのため「食べられない」という考えは半分間違いです。私自身絵の世界で食べているので絵の世界が「食べられない」という一般的な常識にはイエスということは到底できません。自分に嘘をつくことができないのでいつもとても困ります。外でもいつも「絵の世界は食べられます」というので言われた人には苦い顔をされます。ですが絵で食べている私たちにとっては紛れもなく「食べられる」世界です。絵の世界で食べていく必勝の方策は先ほども書いた通り絵の世界の中の一つのことを世界中の誰よりも考え抜くこと。この法則を守れば本当に必ず「食べていく」ことができます。

<講習会は大切>
 絵のことを考える頭を作るためには1日中絵のことを考える必要があります。学生の皆さんに許される機会は講習会期間です。
 ここでクマビの宣伝をしますが、クマビは都心から離れている予備校では珍しく全国から受験生が集まり下宿をしながら通っています。これは実は地元に営業せずに生き残っているクマビの謎の正体です。クマビの遠方の人は講習会期間を利用してぜひ参加してみてください。ここには少数ですが絵に人生を賭けている人がいます。もちろん近隣の人も大歓迎。近隣の人もそうでない人もクマビに来てどっぷり絵に浸かってみて下さい。

<講習会の1日の制作時間と受講の仕方>
 1日中絵に没頭できる講習会。講習会ではそれ相応の制作時間を割きます。クマビの講習会では浪人生は年間の授業で1日6時間制作しているところ講習会は9時間制作します。
 高校生は普段は3時間ですが講習会では1日6時間以上制作します。中学生と高校生は6時間以上時間を割いて長期間制作する機会は講習会期間しかありません。

 高校生は講習会期間中に入試の時のためのペースを作って掴んでおくことが大切です。入試は1日6時間程度制作します。連日続く入試期間中にペースを崩さず、第一志望の大学で一番良い調子を持っていけるように自分のペースを掴みコントロールできるようにしておきます。

 中学生は人それぞれですが大学受験を想定して高校生に負けずに本腰を入れる人もいます。「絵の頭」を養うのに年齢は関係ないでしょう。後は、まだマイペースに受講する人もいますし、高校受験のために受講する人もいます。

<講習会を受ける人はどんな人>
 講習会に参加する人は芸大美大受験が気になっている人の中でもモチベーションの高い人です。やる気のない人は他のことをします。受験生の中には休みを返上してまで受験したくないと考える人もいます。芸大美大の多くはFランクですが、Fランクの大学はそれでも十分合格できます。美術系ではない一般の大学受験予備校の場合は学校の勉強のレベルに不満がある人がいるように、学校の指導では対応できない難関校を受験する人が美術予備校に通います。

<話が戻りますが、技術指導を受けられるのは今>
 芸大美大受験の世界の内外では美術予備校で技術指導を受けることによって個性を失うと考えられていたり、指導を受けなくても「個性」「独学」でできるようになると考えられていることがあります。確かに、ごく稀にそのようなことがあることがあります。また、将来の目標を低く想定することによって受験勉強の必要はないこともあります。芸大美大では教員免許を取って先生になるには受験勉強をする必要はないので、学校の先生になる場合は確かに予備校に通う必要はありません。ほとんどの美術の先生は予備校に通って受験勉強をした経験はありませんので、確かに先生になるには「独学」で十分です。しかし難関校の場合はしっかりと予備校で対策しなければ合格は万に一つもありません。(難関校出身の先生が美術部で指導している場合は別です。)例えば東京芸大のデザイン科、工芸科、彫刻科、絵画科日本画専攻の実技試験では合格することはない(私は聞いたことはありません)。私の知る限りでは絵画科油画専攻では稀に聞くことがある話です。油画の領域では「技術論に偏らない」という考え方があります。それは油画専攻が絵画技術を必要としないスタイルも取り入れているために成立することで、それは上に書いた科ではありえないことですし、この事は、絵画全般の造形技術が指導を受けずに身につくことを表しているものではありません。世間一般では絵画技術は「個性」「独学」で指導を受けなくとも身につくと考えられていることが多いように思います。しかしそれは東京芸大のデザイン科、工芸科、彫刻科、絵画科日本画専攻で課せられる実技試験対策においては不可能なことです。そして大学ではこれらの実技試験対策ほど高度な造形技術が身につく指導を受けることはできません。難関校の多くは大学入学後基礎的な造形技術の指導をしませんし授業すらない。日本では高度な造形技術を身につける機会は美術予備校でしかないのです。

<技術論>
 美術予備校で身につける造形技術を肯定的に語る美術、アート全般の関係者は稀です。特に美術評論家の多くは造形技術を無意味なもののように語ったり、技術論を否定するところから語り始める論調の人が目立ちます。小学校から高校までの美術教育の中も同様で技術論は軽視されがちです。しかし、デザイン、イラスト、ゲーム、アニメなど身の回りにある美術のほとんどは造形技術を要します。事実ぐちゃぐちゃのデザインの製品や広告などは一切許されません。かの美術評論家ですらぐちゃぐちゃの製品を買うことはありません。綺麗なものを買い綺麗な装いをしながら平然と美術の技術を否定します。
 第2次産業革命以降の工業化の流れの中で、高度な手仕事は軽視され続けてきました。しかしそれはこれまでの時代の話です。これからの時代、第3次産業革命以降の世の中では皆がデザインをしたり、イラストを描いたり、ゲーム、アニメを作り始めます。この変化は世の中の絵のあり方を一変させるはずです。その時には造形技術の必要性ははっきり認知される。これまで工業化の歴史の中で手仕事が軽視され造形技術の訓練は世の中からその価値を評価されてきませんでした。そのため造形技術を学ぶことは肩身の狭い思いをしながら学ぶことが当たり前のようになってしまっている。大学に入ったら学ぶことすらできない。でも、正しく形を見て、色が見れて、表現することができる造形技術は間違いなく世の中に不可欠であり、これからの世の中では重要視されるはずです。誰もが絵を描くようになる時代には絵の描き方の勉強に人はすでに興味を持っているので飛びつきます。そして近い将来誰もが高度な造形技術を用いた絵を描くようになると思います。そうなった時には必ず絵の技術に対するイメージは今のように誤解されているものではなく正しい認識に変わっているはずです。

<基礎を学び実力を高める機会は今しかない>
 重ね重ね言いますが芸大美大に進学する人にとってデッサン力に代表するいわゆる「基礎力」を身につける機会は大学に入る前しかありません。これをよく知っていてください。

 基礎力を身につけられる機会を得られる、恵まれた人は実はとても少ない。そのためデッサン力で差がつく制作をする際に予備校でのヒエラルキーが大学入学後や働き始めてからも概ね変わることはありません。これがこの世界が多浪を推奨する理由でもあります。

 高等教育機関進学後に基礎力を高いレベルにまで育成する時間を設けることは大学(専門学校)の環境、システムの都合上できません。大学は予備校のような徹底的な実技指導は行いません。このことは多くの学生の誤算を生んでおり後悔の種となっています。
 大学は座学と作品の評価が中心です。聞けば教えてくれますが自分で考え生み出すことが主体であり教え込む体制を引いている学校はありません。

 先日、東京藝術大学のオンライン入試説明会がありました。デザイン科の教授4名のうち3名が4浪で1名が現役だったことがよく現状を表していたので印象に残っています。ちなみに日本画の今年度2021年の1年生は現役0名です。現役の良さはあります。しかし3年程度浪人して毎日実力を磨き上げる時間は大学に入る前でしか設けることができないので美術予備校に通う意味をよく考えるべきです。

 基礎力を磨く時間をどこで設けるかは全国の予備校の多くは浪人と考えています。クマビの場合は、浪人をベースとしながら、近隣の高校生は中学から高校2年生までに、現役合格し社会に出ても通用する力を身につける機会を得られるように考えています。そのためクマビ生は講習会等々できうる限り制作時間を多く設ける方向で考えて頂きたいです。

<東京芸大の学生からの相談>
 クマビには毎年、特に東京芸大の油画の学生から必ず1人は「足りない基礎力をクマビに通うことで身につけたい」と相談を受けます。ただ彼らの誰もが実際には通えません。1番の理由は時間です。諸々の都合で大学入学後にクマビに通うのはとても難しいのだと思います。彼らに共通する懸念は企業への就職です。どう考えても実力が足りない。基礎に関しては大学では先生も誰も指導してくれない。ある院生は大学院では基礎を教えてもらえることを期待して具象系の教授の研究室に入ったにも関わらず、基礎的な指導を受けることは一切できなかったと苦情を受けたことがあります。油画の中では基礎的な指導を受けられないことは常識です。予備校経験の浅い人ほどこのような問題に直面するケースは多いです。クマビ生に関しては後で後悔することのないよう講習会等々の取り組み方について将来を見据えて考えて欲しいと思います。

 夏期講習会では大手企業で活躍しているデザイナーを講師に招き講義をしてもらう予定です。彼の浪人時代を知っていますがやはり上手かった。彼の話では学歴のカードは大きいとのことです。

<今、大事な部活や遊びがある人>
 人によっては部活があったり、家族の都合があったり、遊びたかったり色々あると思います。どうしても受験より優先しなければならないことがある場合は仕方がありません、でも将来のこととよく比較しながら熟慮してください。
 一言で言えば「やるなら今」ここで頑張っておけば大人になってからの何十年と続く人生を思いっきり遊んで面白い仕事をして生きていける可能性があることを知っていて欲しいです。その上で今目の前にある恋愛や遊びや部活や家族等がかけがえのないものであればそれを優先することは仕方ないことだと思います。受験はよりよく生きる手段であり、生きること、つまり幸福感を得られるそのものではありません。高校や大学の頃の友人が生涯の友人になることは少なくありませんし、合理性ばかりに目を向けることはデザイナーやアーティストとしては危険かもしれません。

 後は、将来社会に出て働き始めたら遊ぶ時間やスポーツする時間がないから部活や高校の時に遊んでおくという考えもあるかもしれません。その考え方については正直少しもったいないと思います。つまり予備校に通える経済的な余裕がある人はその逆の可能性を切り開くチャンスに恵まれているからです。高校を出てから就職しなければならない人は高校の時に思う存分遊んだり、部活をしなければならないと思います。難関校に進学して大手企業に入れば多くの方が想定されている以上に余裕のある生活ができます。大学の先生は年間に本当に少ない数の授業をやれば後は自由に遊ぶなり研究するなりしていればいい。その他アーティスト、タレント等で活躍している人たちがいますが学生の頃は皆、今の皆さんと同じで、特に目立った才能があったというわけではありません。でも前に進む意志はある。本当にそれだけの違いだと思います。人生が変わることがあるということも皆さんに伝えなければならないと思います。

 私は遊びや部活を犠牲にしろとは言いません。私自身、遊びを犠牲にすることはありません。まず誰よりも良い仕事をすることに徹底していればチャンスは何度もあるものです。長い人生の中で意味なく絶え間なく戦い続ける必要はどこにもないと思います。やる時にしっかり(絶対に誰にも負けない仕事をする)やるので十分だと思います。そして人生は幸せのための人生であり、人生において遊びは最も重要なことの1つです。思いっきり遊べない人生は私は嫌です。

 遊びも大事ですが、私にとって仕事も遊びです。皆への指導が私は本当に面白いし楽しい。皆が変わっていくのは格別に面白いし楽しいです。私はこれまでずっと遊びを仕事にしてきました。美術やアートやデザインは思いっきり遊ぶための仕事だと思います。企業では辛い仕事もあるという話を聞きますが、私自身は仕事自体が思いっきり面白いです。ゾクゾクする。できることなら何の感動もないことを仕事にするのではなくゾクゾクと体の奥から楽しめることを仕事にするべきです。世界から全ての広告をなくし、装いや装飾を排し、遊びのない灰色1色の世界を想像しただけでも、遊びのない世界は恐ろしいですし、遊びが大切なことであるのはいうまでもないと考えます。日本のアートの世界では質素倹約を重んじるようなアート(もの派、インスタレーション)がありましたが東北の震災の後、姿を消しました。あの瞬間は日本のアートにおいて人にとって遊びがどれだけ必要かが垣間見れたときだと思います。

 遊びは世界に必要なことです。そのため私は遊びも仕事も力一杯全力で取り組みます。なので皆さんは仕事や進学のために遊びを犠牲にしたなどとは考えないでください。むしろ遊びのための進学です。本当に今、目の前にある遊びや部活が人生のために大事なら思いっきり遊んだり部活をしてください。受験は浪人という選択もありますし後からどうにかなる場合もあります。実際には芸大美大の受験生の半数以上は浪人しています。勿論浪人するとは限りませんし、成功例として、皆さんご承知の通りクマビでは高3の夏まで部活に打ち込んで2学期から対策をはじめて現役で難関校に合格する人がいます。あなた自身がどちらなのか?よく考えてください。今、しっかりとやらなければ不安なら今は何よりも受験を最優先するべきでしょう。どちらにするかの判断と結果はあなた次第です。

<最後に>
 いつもながらの長い文章を最後まで読んで頂きありがとうございました。学生の皆には思いっきり勉強して、絵を描いて、遊んで欲しいと思います。これを書き終えた今日、私はクマビから直接遠方へ釣りに出かけます。思いっきり楽しい遊びをしていると寝る時間も勿体なくいつも全身がカッカしています。皆さんもぜひ心の底から楽しい人生を生きてください。以上、講習会のススメでした。
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